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神戸市バス停留所めぐり

「多井畑厄神」バス停模式図

「多井畑厄神」

たいのはたやくじん

(由来)
 バス停の付近にある神社「多井畑厄除八幡神社」から。

◆停留所標識

1 頭丸1型  (撮影日調整中)

072 こども病院前先行須磨一の谷
074 柏台
088 下畑・柏台・清玄町経由妙法寺駅前

Next 多井畑西口
Place 須磨区多井畑

2 頭丸1型  (撮影日調整中)

071 多井畑厄神経由北須磨団地
071 多井畑厄神経由須磨一の谷
072 下畑先行須磨一の谷
072 下畑経由奥須磨公園口
074 柏台
088 妙法寺駅前

Next 奥須磨公園前
Place 須磨区多井畑

3 頭丸1型  (撮影日調整中)

071 多井畑厄神経由北須磨団地
071 多井畑厄神経由須磨一の谷
072 下畑先行須磨一の谷
072 下畑経由奥須磨公園口
074 柏台
088 妙法寺駅前

Next 奥須磨公園前
Place 須磨区多井畑

◆停留所とその背景

「多井畑厄除八幡神社」の脇を通る74系統。「多井畑厄神」を出た南行のバスは皆「多井畑西口」へ向かう。  770(景雲4)年、光仁天皇が畿内の国境10ヶ所に疫神を祀って疫払いを行わせたと「続日本紀」に記してある。摂津国と播磨国の境は現在の須磨区西境辺りで、社殿後方の高地をその遺跡だと伝えている。社殿は男山八幡宮を勧請して造営したのが初めらしい。
 社伝では在原行平や源義経が祈願したといい、豊臣秀吉の朱印状や徳川秀忠の黒印状を与えられ、江戸時代には領主の蒔田家や明石藩主の保護を受け、信仰を集めていたという。
 現在でも西神戸随一の厄神として知られる「多井畑厄除八幡神社」、1月18日と19日の厄除祭は毎年盛大に行われ、多くの参詣者がある。大正時代の記録では須磨からの三十三町に出店が立ち並んでいたというが、今は境内の中だけに、飴屋やカステラ屋などが軒を連ね、寒い中で食べるお好み焼きはまた格別の味。
 この大祭の期間は、地下鉄の名谷駅前と須磨一の谷から、それぞれ臨時増発バスが運転される。神社の駐車場も潰してバスのりばにするほか、見慣れないバスが集合する光景は圧巻。
 普段から3本の停留所標識がある。回転地のある奥須磨公園前へ向かう側には2本あり、1本は回転地の中央にあって時刻表など取り付けられていない。
 多井畑の村長の娘である「松風」「村雨」はこの辺りに住んでいた。二人にまつわる史跡も点在している。「鏡の井」は二人が水鏡として使った泉で、「松風村雨の墓」は農家の庭の片隅にある五輪塔2基。


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